商品詳細情報

03 広島城


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日本名城シリーズ1/300 広島城 商品の仕様 


■中国地方の覇者、毛利元就の孫の輝元が築城した広島城を1/300サイズのペーパークラフトとして再現しました。
協力:広島城

・設計参考資料:広島城建築図面
・完成サイズ:縦13.6cm 横14.7cm 高15.5cm (実物の1/300スケール)
・作成時間:5〜8時間(個人差があります)
・商品仕様:A4上質紙 6枚(表紙1枚、組立図1枚含む)

★★★古図面・実測図・復元図などから設計した超本格派!ペーパークラフト★★★
●古図面、実測図、復元図から1/300スケールで設計した超本格派の紙模型です。
●本シリーズは、大きさが比較できるように1/300にスケール統一しています。城によっては小さくて作り難いものもあります。
●紙は薄口紙を採用しています。折り曲げ時の割れや、紙の反発力による接着面はがれを低減でき、屋根の曲面や反りもつけやすくなっています。ノリ代をしっかり接着することで強度UPができるように設計しています。
●本シリーズは切り込み加工を施していません。切り込み加工は正確性が乏しいためです。カッターなどを使い、お客様ご自身で切り抜いて組み立ててください。
●製作の対象年齢は中学生以上と設定していますが、細かな作業が苦手な方、集中力のない方には困難です。ご自身の技量や性格を考慮の上で挑戦してください。製作には慣れの要素も大きいので二つ、三つと築城していくことで技量は格段に上がります。なかには、10歳前後の小学生でも上手に作っています。 

ファセットのペーパークラフトは、お客様に満足していただける完成度を目指して、常に作り方や紙厚などに変更や工夫を施しています。また、復元のお城は、復元案の差し替えや変更があれば、予告なくリニューアルや改良を加えておりますのでご了承ください。

広島城の歴史


 広島城は中国地方9ヶ国112万石となっていた毛利輝元により5重5階の複合連結式望楼型天守として建てられました。大天守の東と南に小天守を持ち、渡櫓で繋がれていました。 望楼型の天守は黒漆塗りの下見板が張られ、豊臣秀吉の大坂城に似せて作られたと言われます。屋根には金箔瓦が使用され、荘厳な姿をしていたと言われますが、内部は天井も張られていない簡素な天守でした。
 天正17年(1589)に築城が開始されました。川の中州の埋め立てと堀の浚渫という大工事を行う事から始まり、城の構造は大坂城を、縄張りは聚楽第を参考に作られました。 豊臣秀吉の文禄の役と同時期で、後方基地としての期待もあり築城のサポートとして、黒田如水を派遣したり、建設中の広島城へ滞在したという話も残ります。
 関ヶ原の合戦の後、慶長5年(1600)に2ヶ国に減封された毛利輝元に代わり、福島正則が入城しました。正則は、城の北側を通っていた西国街道を城下の南側を通るように変更すると共に、雲石街道を整備しました。それによって町人町が拡大しました。 しかし、幕府に無届けで修築したため、とがめられて二段あった本丸の上段石垣を破却しました。その名残を現存でも確認する事ができます。 元和5年(1619)改易になった正則に代わり入城した浅野氏が、明治まで12代250年間居城としました。 
 明治期に小天守を失い、大天守のみが保存される事になり、戦前は他の現存する建物と共に旧制の国宝に指定されました。 太平洋戦争の原爆投下により、爆発時の熱線に耐えましたが、直後の爆風によって倒壊し、大量の建材が天守台や北側の堀に散乱したと言います。 昭和33年(1958)に現在の大天守が復元され、平成元年(1989)から二の丸などいくつかの建造物が木造で復元されました。

ペーパークラフト広島城の作り方


スタッフブログにて作成方法の紹介をしています。
細かな注意点など画像と文章で説明しています。
参考にしてください。